伏見稲荷大社に行ってきました。
日本全国の稲荷神社の総本山です。
同行者はSくん。
3月初め、風のないあたたかい日で、朝早いにも関わらずたくさんの人がいます。
一の鳥居には
「伏見稲荷大社は祈りの場です。心静かにお参りしましょう」
と書かれています。


先にこの日の感想を言うと、お参り登山で出会った参拝者のうち9割が外国人で、その方々がとても礼儀正しくて感動しました。
みなさん、伏見稲荷の神様を本当に大切にしているのが伝わってきます。
物見遊山で、はしゃぎに来た感じが全くないのです。
日本人として、とてもうれしく、感謝に堪えません。
「本当にありがとうございます。」
ちなみに渡航自粛のため中国の方はほとんどお見かけしませんでした。


狛狐さんが凛々しいお顔で、参拝者を見下ろしています。
狛狐さんには厳しい眷属さんが入っていて、来訪者の心根の正邪や、不届きな行いなどに、にらみを利かせているのです。
悪い部分があると、お叱りを受けることになります。
何もないところでこけたり、急に体調が悪くなるとか、人によってさまざまです。
子供が無邪気にやってしまったことは大目に見られることが多いようです。




拝殿では、祝詞を唱えさせていただきます。
心に清らかな風が流れ込んで、気持ちいい。
伏見稲荷の拝殿には眷属様がいて、叶えるかどうかは別として、山の頂にいる伏見の神様に参拝者の願いをすべて伝えてくれます。
ちなみに、特別なお願いをする場合には、稲荷山頂上の「一ノ峰、末広大神」まで行かなくては届きません。
大神大社の三輪山と同じですね。


朝早いので御朱印の受付はまだ開いていません。
しかし書き置きの御朱印は、お守りなどが売っている社務所でいただけます。
私のように人によって筆跡が変わるのが気になる方は、書き置きの御朱印をおすすめします。


稲荷山に行くため、本殿の左から千本鳥居に向かいます。


桜がだいぶ咲いて綺麗でした。


外国人の方も鳥居の前で丁寧な拝礼をしています。
あらかじめ日本の文化を学んできてくれているんですね。
我々が海外に行く時にも見習わなくては。


最初はなだらかな千本鳥居の道。


右側通行のルールを皆さんきっちり守ってくれています。
素敵ですね。


なだらかな登りから、高度をどんどん上げる急登になってきます。
ふだんから荒れた道を登山している我々には、整備された階段は歩きやすい。
しかし、参拝者の中には予想以上の急登に、大汗をかいて苦戦している人もいます。




見晴らしのよい岩場では、多くの方が休憩して景色を楽しんでいました。


このあたりからどんどん登りはきつくなります。
ちなみに神域・霊域ではマイナスの言葉を言わないように気をつけてください。
全ての思いが神様に伝わってしまいます。
痛い苦しいとばかり思っていたら神様も助けようがありません
「ありがとうございます」
「どんどん良くなる」
という気持ちでいることで手助けができるのです。
信仰心ですね。
そもそも思考は大切です。
マザーテレサがこのような言葉を残しています。
- 思考に気をつけなさい、それは、いつか言葉になるから。
- 言葉に気をつけなさい、それは、いつか行動になるから。
- 行動に気をつけなさい、それは、いつか習慣になるから。
- 習慣に気をつけなさい、それは、いつか性格になるから。
- 性格に気をつけなさい、それは、いつか運命になるから。
思考が言葉を生み、運命まで変えてしまうのです。
言わば私たちの今は、自分の思考や言葉が作ったとも言えるようです。
もちろん生まれる前に決めた今世の課題である環境や病いは別です。
神域では思考や言葉が、より純粋に天に響きます。
私は思考のコントロールの解釈が難しいので、言葉に焦点を当てて気をつけるようにしています。
自分に対しては前向きに、人に対しては考えうる限り優しく誠実な言葉を使うようにと。
実際は全然できていません。まだまだ修行中です(笑)
ちなみに30年前に合気道の師匠にもらったプリントも載せておきます。
明元素言葉と暗病反言葉として言葉のルールをあらわしています。
調べると、ヒューマンウェア研究所の清水英雄さんの提唱によるものらしいです。


歩きやすいとしても稲荷山の大半はかなりの急勾配。
汗はかかずとも、息は荒くなり言葉数も減ってきます。
こんな時に私は神様と交信するようにしています。
自分の悩みや今の境遇などを心で話すのです。
神域での歩行禅は神仏とチャンネルが合う、貴重な時間だと考えています。


途中、登りが緩やかになっているお塚信仰お社にある手水舎のお狐さんがとてもユニークでかわいかったです。




売店では、外国人の方たちがたくさん集まっています。
お茶が人気のようです。


いったん緩やかになったのもつかの間、急登が続きます。
このあたりに来ると、健脚な人しか来ないからか、千本鳥居の入り口であれほどたくさんいた人がまばらです。




やっと稲荷山頂上、一ノ鳥居「末広大神」に到着。
実際はSくんとしゃべりながらかなり行き過ぎてしまい、あらためて登り直して到着しました(*´▽`*)
ゆっくり祝詞を唱え、心を澄ませてご挨拶と願掛けをします。
体も心もクリアになり、肩の力が抜け、自分の方向性をしっかりお示しいただくことができました。
伏見稲荷の神様は、狐姿を超越してほぼ透明なお姿に昇華しています。
クラスで言うと、最高級神である山岳系神様と同等です。
山頂でご神気を浴びるだけでも、大きな運気を頂けます。


ちなみに、通常神様と言っているのは高級霊です。
自然霊や人の魂が長い年月の修行でレベルが上がり神様になった存在です。
その上には、運命などをつかさどる天の神様がいて、さらに上には森羅万象を含めた宇宙的存在の絶対神がいます。
我々がつながれるのは高級霊である神様で、正しい心根で生きる人が純粋な信仰心で願えば力になってくれます。
人の願をかなえるのは神様にとってレベルをあげる修行のひとつなので、人間を一生懸命助けたいと思ってくれています。
そういう意味では神様にとっては人間は大切な存在なのです。
誠実で謙虚で純粋な信仰心をもって訪れる人を、心待ちにしてくれている神様に頼らない手はないのですよね。


帰り道は、急坂を下りることになるのですが、参道がきれいに掃き清められているのでスムーズに歩くことができます。
通常の山道ならこうはいきません。
山の下り階段は砂利や木の葉が落ちているので、かなり慎重に進まなければ滑って転んでしまいます。
山の登りは心肺に負担がかかりますが、下りは筋肉に負担がかかります。
山でのケガや事故はほとんどが下りだと言ってもいいくらいです。
参道をきれいにしてくれる神職さんやお世話をしてくれる方々には感謝の念しかありません。


山から下りてきたところにも、たくさんの摂社末社やお塚信仰の社があります。
Sくんは腰が悪いので、腰神不動神社で願かけをしていました。


これまたかわいいお狐さんが、キョンっという感じで飛んでいます。


下山後、拝殿にあらためて向かいます。
途中の売店で買った手ぬぐいに、良い運気を入れてもらうためです。
前年参拝に来た時に買った手ぬぐいと並べて祝詞を唱えさせていただきました。




登山では必ず昔ながらの手ぬぐいを持って行きます。
吸水性が高く、乾きやすいからです。
さらに手ぬぐいは、ケガをしたときの止血や固定に使いやすく、縦に簡単に割ける構造になっているのでくくるとロープとしても使えるようになっています。
昔の人はいろいろな場面を考え、モノづくりをしてきたんだなと感心します。
そんなわけで私は旅行などで気に入った手ぬぐいがあれば、必ず買うようにしています。
「手ぬぐいコレクターやねん」
とSくんに自慢気に言ったつもりが
「手ぬぐいキラーやねん」
と言ってしまい
「なんでやっつけるねん」
と笑われました。


この柄がめちゃくちゃ気に入ったのです。
可愛いですよね。
ここの経営者家族のおばさまがデザインされているということでした。
素敵です~!


参拝がすべて終わって、Sくんの奥様(この人も私の同級生)からリクエストがあった「ふたば」のお饅頭を買って帰りました。


天気にも恵まれ、最高の参拝登山ができました。
お稲荷さんは怖いなんて言う人がいます。
確かに、小さな祠レベルのお稲荷さんに参拝するときには気をつけることがあります。
神様は人の願をかなえようとすると、かなりのエネルギーを消耗します。
それを補うのは、その神様に対する信仰心と敬愛の念です。
参拝者の少ないお稲荷さんに二度と訪れないのに願をかけた場合、お叱りを受けることがあります。
お稲荷さんにとって消耗するばかりであるし、不敬にあたるためです。
小さなお稲荷さんであり、もう来るのが無理という場合には、手を合わせない方が無難でしょう。
小さくても頻繁に行く近所のお稲荷さんなどは全く問題ありません。
むしろ喜ばれ、味方になってくれます。
大きな神社にまでなっているお稲荷さんは特に心配ありません。
常に参拝者の敬愛の念に溢れているからです。
味方になるとお稲荷さんほど面倒見が良くて、徹底的に助けてくれる神様はなかなかいません。
怖がらずに誠実な気持ちでご縁をいただくことをおすすめします。
もしも、「どこかのお稲荷さんにお叱りを受けているかも」と思う場合、おとりなしをしてくれるのは伏見稲荷大社しかありません。
それも、おとりなしの場合、稲荷山頂上の神様に直接会いに行くしか方法がないです。
私の神仏の知識は主に桜井識子さんの著書から学んでいます。
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