三保の松原~富士山2026.3

夫婦で静岡県清水の「三保の松原」に行ってきました。

前日は雨でしたが、この日は快晴で空気がとても澄んでいました。

ここは駐車場がどこも無料でした。

まず私たちは「御穂神社」付近の駐車場に停め、まずお参りします。

昔から朝廷を始め源氏・今川氏・武田氏・豊臣氏・徳川氏等の武将に篤く崇敬されてきた神社です。

とてもきれいな境内。

神馬ちゃんの像、神楽舞台があります

拝殿で二礼二拍して祝詞を唱え、住所氏名を伝えてご挨拶後一礼。

初めての神社仏閣では必ず住所氏名を伝えるのが礼儀となっています。

背中を優しい気が撫でてくれたように感じ、心がさわやかになりました。

振り返ると境内の道と、三保の松原に続く木道が一直線に続いています。

この木道は「神の道」という名称で、美穂の松原まで500m続いています。

坂の多い神戸に住んでいる私には、これほど平坦な道が延々と続いているのがとても新鮮でした。

「三保の松原」は三保半島沿岸約5kmに渡り松林が続いています。

松は常緑樹で冬でも緑を絶やさない神の宿る神聖な木として、門松や正月飾り、誕生、婚礼の祝い事に欠かせない木です。

仙人の住む富士山と人間の世界との懸け橋として存在しているのが「三保の松原」だといわれています。

「天女の羽衣伝説」が三保の松原にも伝えられています。

京都や滋賀をはじめ各地に伝わっていますね。

天女伝説ストーリー
三保の村に伯梁という漁師が住んでおりました。
ある日のこと、伯梁が浜に出かけ、浦の景色を眺めておりました。ふと見れば、一本の松の枝に見たこともない美しい衣がかかっています。しかし、あたりに人影はありません。
誰かの忘れ物だろうと、伯梁が衣を持ち帰ろうとしたそのとき、どこからともなく天女があらわれてこう言いました。『それは天人の羽衣。どうそお返しください』ところが、それを聞いて伯梁はますます大喜び。『これは国の宝にしよう』とますます返す気配を見せません。
すると天女は『それがないと私は天に帰ることができないのです』とそう言ってしおしおと泣き始めます。
さすがに伯梁も天女を哀れに思い、こう言いました。『では、天上の舞いを見せてくださるのならば、この衣はお返ししましょう』
天女は喜んで三保の浦の春景色の中、霓裳羽衣の曲を奏し、返してもらった羽衣を身にまとって、月世界の舞いを披露しました。そして、ひとしきりの舞いのあと、天女は空高く、やがて天にのぼっていったといいます。(参照:清水海岸ポータルサイト)

松原の横は海岸です。

旅行者だけではなくたくさんの地元の方が散歩をしています。

気持ちのいい松林を、夫婦でたわいもないおしゃべりをしながら歩きます。

地元のおじいさんが声をかけてくれたり、外人さんとあいさつしたりの楽しいウォーキング。

みんな晴れ晴れとした笑顔です。

松原全体が聖域になっているからです。

聖域である理由は日本一の山「富士山」!

5kmに渡る松林が富士山の気で満たされているのです。

一番端の灯台まで歩きましたが、そこから見える富士山が迫力満点でした。

パワーが半端ないのです。

このブログはWordPressで作成しています。

妻も飽きることなく眺めたり、写真を撮ったり、深呼吸したり、富士山を満喫しています。

行きは正面から富士山の気をいただいていたのですが、帰りは背中からです。

背中からの方が半端ないパワーを感じます。

体調の不具合も良くない気もすべて弾き飛ばす超絶パワー!

三保の松原の端から端まで往復して歩き御穂神社に戻ったので、10km以上歩いてるはずなのに全く疲れがありませんでした。

この後は静岡にいる妻の兄家族と、ウナギを食べに行きました。

心も身体も、そしてお腹も大満足な三保の松原~富士山ツアーでした。

神仏の知識は、桜井識子の著書で学んでいます。↓↓↓

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この記事を書いた人

大和げんぶ

連続年間100ピーク以上踏破
2014年、登山を始める
登山ブロガー
WEBライター
ストレッチインストラクター
整体療術師
気功法講師
合気道黒帯
ZUMBA10年
特技、絵を描くこと

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